絶景
というわけで、お題は一休みでございます。

かれこれ10年近くも昔、渡米中のことです。
私が滞在していたのは、アメリカ北中部、片田舎の町でした。
家は大学に程近く、周辺は拓けているものの、
車で数十分も走れば、一面の畑。
高速に乗れば、左右は畑どころか、広大な牧場が延々と続く。
私はそこで、生まれてはじめて地平線を目にしました。
チーズとトウモロコシが名産の田舎町でした。

ある晩、少し……いや、かなり(笑)離れた、
となり街のショッピング・モールへ車で出かけた帰り道。
ふと気がつくと、私たちの乗る車は、見渡す限りの
トウモロコシ畑の真ん中を通る、一本道を走っていました。

青白く煌々と降り注ぐ月明かりの下で、
たわわに実ったトウモロコシの群れが、風にそよぐ。

その光景に見蕩れる私に気づいて、
彼女は車を停めてくれました。
きれいでしょう、と言って。

車を降りて、トウモロコシ畑を見渡し、
若い植物の、あの青臭い緑の匂いに包まれて、
私は、嘘偽り無く、心の底から、
その長閑(のどか)な美しさに感嘆しました。
まさに、絶景、と。

そして、その数瞬後。
えもいわれぬ、仄昏い恐怖を感じました。

ただしそれは、背筋を氷が走り抜けるような鋭い恐怖ではなく、
項(うなじ)をひんやりとした柔らかい指先でそっと撫でられたような、
ほんのりとして、緩やかな恐怖。

私の無意識かには、多分、スティーヴン・キングの
『トウモロコシ畑の子供たち』があったことは否めません。
けれども、そのときの私は、それに思い至ることも無く、
ただ、空寒いものを感じただけです。

月明かりに照らされた、だだっ広いトウモロコシ畑のなかには、
なにか、得体の知れない忌まわしいモノが潜んでいる。
その思いは、車に乗り込み、トウモロコシ畑をあとにしても、
消えることはありませんでした。

きっと、美しい光景というものは、ただそれだけで、
絶大な力を持っていて、人間の心、というより、
意識の奥深くになにかを呼びかけ、
人間もまた、その呼びかけに、応えるのでしょう。
そして、その絶景から溢れくる絶対的な力と、
圧倒的な存在感に、たかが人間が敵うはずもなく、
だから人間は、そこに感動を覚え、
同時に、恐怖すら感じるのだと、私は思います。

かのスティーヴン・キングも、こんな光景を目にして
『トウモロコシ畑の子供たち』を書き上げたのだろうか。
そう考えると、ほんの少しだけ、
彼の領域に踏み入ることができたように思えて、
なんとも妖しげな幸福を感じます。


もう一度、あの場所へ行きたい。



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by zbeat | 2006-05-17 21:17 | スティーヴン・キング
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