それはしなやかな罪
こんなときに、僕はいったいなにをしてるんだろう。

手回しのミルでコーヒー豆を挽きながら、ふとそう思った。


外の世界には、リビングデッドとかゾンビとか、
アンデッドとか、そんなものに分類される、
動く死体たちが溢れかえっているというのに、
僕はここで、コーヒーを淹れようとしているなんて。

数人の仲間とともに、ショッピング・モールの
一角に立て篭もり始めて、1ヶ月。
最初こそ、みんな恐慌状態に陥っていたけれど、
今ではほとんど慣れてしまって、下手をすると、
昔よりも悠々自適なライフスタイルかもしれない。

仲間のひとり(こんな世界になる前は、弁護士だったらしい)は
最高級のゴルフクラブでゴルフの練習に勤しみ
(この先、またゴルフコンペなんてできるかどうかも判らないのに)、
ゲームオタクの女の子は、明けても暮れてもゲーム三昧
(『バイオハザード』なんてやってたりするんだから、笑えてしまう。
どこまでゾンビが好きなんだ?)。
かく言う僕だって、日がな一日、読書をしていたりする。

ここに篭っていさえすれば、時間も物も有り余るほどあって、
しかも制約はない。
ゾンビたちに襲われることもない(今のところ)。

つまり、まあ、良い生活だ。

けれど、今、ふと、僕は思ったのだ。
僕はなにをしてるんだ?って。

こんな、とんでもない世界になってしまったというのに、
僕ときたら、優雅にコーヒーを淹れようとしている。
それも、昔は使いもしなかった、手回しのミルで豆を挽いて。

人間というものは、なかなか逞しい。
僕だって、みんなだって、初めはあんなにも絶望して、
悲嘆に暮れて、恐怖に慄いていたというのに。
1ヶ月でこれだ。
考えようによっては、とっても素敵な生活をしている。

でも。
この「ありえない」世界で、
こんな素敵な生活をしていることこそが、
「ありえない」んじゃないのか?
時が違えば(この際場所は関係ないだろう)、
僕たちのしていることは、立派な犯罪なわけで。
けれど今、僕たちは、そんなことこれっぽっちも気にしていない。
そして、だれになにを言われたって、僕も、
今のこの快適な生活を手放すつもりなんてない。
人間の道徳心とか倫理観てものが、
いかに脆いものかということが、これで証明されたわけだ(笑)。

ああ、人間って、本当にしたたかで、しなやかだ。
みんなきっと、多かれ少なかれ、罪の意識や、
良心の呵責みたいなものを感じつつも、
この変貌した世界に適応している。
だれだって、どんな世界でだって、
普通は死にたくなんてないのだから、
当然といえば、当然。
死ねばゾンビになると分かっていれば、
なおさら、死にたくないと思うに決まっている。

そんな僕たちに罪があるとしたら、きっと、ただひとつ、
人間に生まれついてしまったということだけ。


鼻歌混じりに、僕は、コーヒーをカップに注いだ。


                 退廃的な100のお題:鳥篭/お題配布場所



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by zbeat | 2006-04-02 23:20 | リビングデッド、もしくはゾンビ
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